第1章 全てはここから初まった
「Club style
とESAH
で今度、合同バーベキュー大会やろうか?」
この言葉が、現在まで続くOASIS meeting
のきっかけとなった。当時から、Club
style
とESAH
はツーリング等で交流が盛んだった。そんな折に出された企画であった。バーベキューがミーティングに何時の間にか姿形を変え、企画を詰めていくにつれて、どうせするなら関西のクラブ皆に集まって貰おうと次第に規模が大きくなっていった。そうして、気が付くと“
個人参加OK
・どこのクラブでもOK”…
にまで規模が拡大していた。一度きりの企画のつもりだったので、皆気楽だった。
そう。当日を迎えるまでは…
。
第2章 テーマは『野放し』
期待と不安に包まれた1999
年5
月9
日。折しも母の日だった。誰が言ったか別名『親不孝ミーティング』。会場の神戸フルーツフラワーパーク。快晴だった。参加費はワイン代込みで1000
円。出し物は『○×
クイズ』『抽選会』のみ。「皆が集まる場所は用意するから、後は銘々で楽しんで〜!」をウリにした。
事実上の『参加者野放しミーティング』がここに初まった。
当日の会場風景。各地から約100
台が集まった。予想外の台数に、スタッフ一同はとても・かなり舞い上がった。
壇上(50
万台記念車)の司会2
人とRCOJ
の水落さん。水落さんに開催のお祝いスピーチを戴くの図。司会2
人は関西のノリで会場を沸かせた(?)。
『○×
クイズ』の風景。後に『車掌ゲームHi&Low
』へと姿を変える。
『アメリカ横断ウルトラクイズ』の如く、「ニューヨークに行きたいか〜!」…
で、クイズが始まった事を覚えている方は恐らく居ないであろう。
RCOJ
から50
万台記念車と10
周年記念メッセージカー。他イベントや三次の10
周年イベントでボディに署名された方も多いはず。当イベント唯一の目玉らしい目玉となった…
。
イベントの閉会式の折に撮影した記念写真。満足な告知もないイベントにこれだけ参加戴いた事に、スタッフ一同胸を熱くした。
第3章 OASISの行方
そうして、一発企画のOASIS meeting
は無事に閉会しようとしていた。スタッフ一同、無事に終える事が出来たと胸を撫で下ろしかけていた。
そんな中、RCOJ
の水落さんに閉会の挨拶を戴いていたところ…
「“
毎年母の日はOASIS”
で、来年以降も頑張って下さい!!」
…
その一言で、今後の運命が決まった。
これから続く、長く険しい旅路の始まりである。